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ごぶさたです。って言うのもどうかと思うくらいですね。
どちらかというと、「改めまして、こんにちは」でしょうか。 毎年のことですが、この時期は慌ただしくて、何がなんだか分からないうちに日々が過ぎていき、気が付くと季節が変わっていたりします。 今年は長女の卒園・入学ということもあり、尚更でした。 感慨深く卒園式を終え(でも翌日から3月末まできっちり保育園にお世話になる)、4月初日から長女はひまわりクラブ(学童保育)へ。お弁当を持たせていきなり環境の違うところへ丸1日預けるわけで、こちらも新年度の初日でバタバタする中、早々に退社してお迎えに行ったりしたのがほんの1月前のことだなんて・・・・。 その後も職場環境が変わって(私自身は異動しなかったものの、いろいろ変化があり)、気をもんだりイライラしたり。平日は思うように残業もできず、でも仕事はアホのように大量に押し寄せ、休日出勤を余儀なくされたり・・・。なんだかなぁ、余裕なくて、トゲトゲした気分で走ってきました。 それにしても、子どもの存在にどれほど救われたことでしょう。 いつも、いつも、ありがとう。 夜寝るときに、子どもたちに挟まれるとじんわりと幸せで、心の底からいろんなことに感謝したくなって、「いつもありがとう。」って口に出して伝えます。 すると、「おかあさんもありがとう」などと言ってくれます。 親になってみると、親が子どもを大切に思っていることなど当たり前なのだ、と分かるけれど、子どもはそれが当たり前だとは知らない、と何かの本に書いてあったのを読み、「本当にそのとおりだ」と思ったことがあります。 それで、思っていることは口に出して伝えようと心掛けています。 そうそう、子どもも「おかあさん大好き」と言ってはくれますが、「この家で一番好きなのはお父さん」だそうですよ。優しいから、ですって。かあちゃん、そこは張り合いません。ムスメから「一番好き」って言われる父親の座をいつまでもキープしていてほしいなあ、と思います。
苦しいです。
大阪で2人の幼い姉弟が部屋に置き去りにされて亡くなった事件。 どんな絶望感の中、息を引き取ったのでしょう。誰にも看取られることなく。 絶望、なんて知らなくてもいい感情だ。 これだけの年数を生きてきた自分も、本当の意味での絶望なんて味わったことがない。 3歳と1歳。まだ人のことを疑うことを知らない頃です。 ただただ母親の帰りを信じて待ち続けたことでしょう。 それでも最期の時には、悲しみと絶望感に襲われたのではないか・・・ そんな想像をすると、本当に苦しい。 どうして2人は亡くならなくてはならなかったのか。 最終的に「異臭騒ぎ」で警察が踏み込めるのなら、もっと早く助けてあげられたのでは。 児童相談所には「泣き声がする」と複数回の通報があり、職員が5回も訪問を試みていたという。 そのときには既にベランダまでゴミの山となっていた部屋だ。 そんな部屋から、夜中まで子どもの泣き声がする・・・・・異常でしょう。 ウチの下の子が、亡くなった楓君と同じ年です。誕生月も同じ。 下の子のプクプクとした手足や頬を見るたび、下の子がご飯を美味しそうに食べるのを見るたび、胸が苦しくなります。 誰か、誰かがこの子たちを助けてやれなかったのでしょうか。 密室に閉じ込めて放置すれば、子ども達が生きて行けないことを、この親は知っていた。 それなのに、死んでしまうと分かっていたのに、見殺しにした。 どうして、そんな結果を招く前に「もう出来ません!」って誰かに言ってくれなかったのだろう。 「子どもが邪魔だ」って思ったのでしょう?それならそうと、公言して欲しかった。 どうして自分ひとりで抱えてしまった?? 「出来ない」って言うことは難しい。 「親ならしっかりしなさい」などと言われるのがオチだ、と思っただろうか。 それとも子どもは自分の所有物だという意識で、他人には委ねたくなかった? 彼女がしたことと矛盾するようだけど、そんな気持ちが無かったとは言えない気がする。 結果、彼女は子ども達を失ったし、「いなくなればいい」と思ったのも事実かもしれない。 でも、「使わないけど持っていたい」というつまらない所有欲みたいなものが、 ある家ではクローゼットを膨れ上がらせ、ある家ではおもちゃ箱を溢れかえらせている。 そして、彼女は子どもを手放さなかった・・・・・・。 無論、子どもとモノは違うし、同列に語ることを不快に感じる方もいるかもしれませんが・・。 「聞くと見るとじゃ大違い」ってことは世の中よくありますが、 子育てはその最たるものかもしれない。 世の中の目に触れるところに行き交う親子の姿は、大体において幸せそうだし、自分が親になるまで身近で子育ての様子を見る機会がない親がほとんどだ。 でも、実際は「楽しい♪」なんて思える瞬間の方が少なくて、 ただひたすらに大変なことの連続だったりする。 子どもの世話自体も大変だし、子どもがいることで生じる様々な制約を受け入れるのも大変。 大人だけの生活なら当たり前に出来る「気ままに外食」とか「のんびりお風呂」とか「たまには朝寝坊」みたいなことも許されなかったりする。 だから想像とのギャップを受け入れたり大人だけの生活が一変することを納得したりすることが結構ストレスだし(自分はそうだった)、納得して切り替えた後でも、自由だった過去を思い出しては「あの頃は気ままでよかった」なんて思ったりする。 だけど、気ままな過去を懐かしみはするけれど、それでも今を放り出す気持ちにはならない。 それは、「過去」と「今」だから? 気ままな「今」を味わったら、子どもに縛られていることから逃れたくなる?? 彼女の思考はどんなだったのだろう? 人はやっぱり自分が一番かわいくて、自分に甘い生き物なんだろうか。 もし、自分が彼女と同じような立場だったら・・・・・? 世の中には1人で苦労して子どもを育てている親が大勢いるし、その殆どの方が、おそらく自分のことは後回しで、子どものことを一番に考えて生活している。 それは、無条件に自分を信じて頼ってくれる子どもの気持ちに対する、人としての誠意だろうと思う。 子どもにとって、やはり親は特別な存在だと思うし、幼い子どもであれば、親は世界の全てだ。そして、これっぽっちも疑うことなく、親のことを信じきっている。 そんな子どもの気持ちを裏切るようなことは、余程のことがなければ出来ないだろうって思う。 亡くなった2人の無念さを思うと言葉もありませんが それだけではなく、周りにいた多くの大人達が無力だったこと、 どうしたら最悪の結末を防げたのだろうか、ということ、 同じようなことが今もどこかで起きつつあるのではという不安、 自分の身近で起きたことだったとしたら何が出来ただろうかということ、 ・・・・いろいろなことを考えずにいられず、事件の報道後、毎日毎日色々な思いがグルグルしています。 そんな日々の感情を少し書き綴っておきました。 二度とこのような悲劇が起きませんように。 桜子ちゃんと楓くんが、今は苦しみのない世界にいることを願います。
ご無沙汰です。
ついこの間新しい年が始まったかと思えば、もう1月も終わりが近づいて・・・・ 毎年思いますが、1月から3月までって本当にあっという間に過ぎていきます。 さて、2月からいよいよ職場復帰です。2月1日が月曜日ということで、かなりゲンナリしています。 次女も1歳3ヶ月となり、トコトコと歩き、宇宙語をしゃべり、よく笑い、日に日に人間らしくなってます。 この時期ならではのカワイさ満載で、この子とベッタリの日々が終わってしまうのが残念でなりません。 ああ、育休3年取りたい・・・が、働かなくては食べていけません。 私が復帰してから2月と3月の2ヶ月間は主人が育児休業に入り、4月からはいよいよ次女も保育園デビュー。長女も久しぶりにフルタイム保育園。長女は私が産休に入ってからのこの1年半、ずーっと9時登園4時半帰宅だったので、いきなり7時半登園6時半帰宅になると相当ストレスだろうなぁ。はぁ、4月からのことを考えると不安だわぁ。 先日長女に「2月になったらお母さんは仕事に行かなきゃ。〇〇ちゃん(長女)とゆっくり遊んだりできなくて寂しいなぁ。」と話をしたら、「うーん、でもさ、〇〇ちゃんは保育園行って遊ぶのが仕事だからさ。お母さん、我慢してね。」と言われた。話はイマイチかみ合ってないんだけど、最近はセリフがいちいちこしゃまっくれてて可笑しいのです。 人間は慣れる生き物、忘れる生き物だから、復帰したらしたで、忙しい毎日もそれなりにこなして、復帰前に切なく感じていた気持ちも忘れてしまうんだろうなぁ。そして気が付いたら1年、2年と時が過ぎていて・・。忘れるだろうな、って思うから、こうして書き留めておくんだ。 長々とした独り言の書き捨て、すみませんです。 ![]() クリームパンと中身無しのまん丸パン。お昼に焼きたていただきまーす。 ホームベーカリー買ったら、パン作りがとても楽チンになりました。いつもは機械任せで食パン焼くだけなんだけど、久しぶりに生地を丸めたら楽しかった~♪クリームも初めてレンジで作ってみたら、これまた楽チン。今まで鍋で作ってたのはなんなの~。 先日、次女が1歳の誕生日を無事に迎えました。いやあ、聞いてはいましたが、見事にこの1年の次女の成長に関する記憶がございません。あっという間でした。子の成長はもちろん喜ばしいことですが、一方でこの家にはもう「赤ちゃん」はいないのだという寂しさがあるのも事実。 来月には長女も4歳になります。ますます口が達者になり暇さえあれば某少女向け人気番組プリ〇ュアのキャラになりきって見えない適と戦ったり変身の際の口上を唱えてみたりと騒がしいことこの上なし…。そんな姉には構わずに覚えたての単語「わんわん」を連発して1人で遊ぶ次女。 さあ、1年後にはどんな光景が繰り広げられているのでしょうね。 またまたご無沙汰でしたが、毎日楽しんで暮らしてます。涼しくなってきて、しまい込んであった編みかけのストール出してきました。もうかれこれ3シーズンも編み続けてる代物。(画像が暗くて何がなにやらわかりませんね…)去年は次女が生まれたばかりで全く手を付けなかったんだった…。編み始めるまで「どっこいしょ」って気持ちだったけど、いざ針を持つとこれがまた楽しーい! 出来上がると大判の三角ストールになるんだけど、1歳児を抱いて巻物する機会なんてないような…。でも今シーズンは別の大物を編みたい気分なので、その前にこいつをやっつけなくては!
夏の甲子園大会、日本文理高等学校の活躍は素晴らしかったですね。決勝戦は自宅でテレビ観戦していましたが、受けた感激の大きさは私の貧弱な語彙では上手く言い表すことができません。
9回2死からの粘りはもちろん、再三走者を背負いながら三振を取ってピンチを切り抜ける様子には本当にしびれました。 文理ナインとチームメイトの皆さん、大井監督、コーチ・スタッフ、父兄の方々、おめでとうございます。そしてありがとう! # by hana-a-ex | 2009-08-26 14:32
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